大阪府の代執行について、法的観点からのまとめ

昨日一昨日といしけりあそびさんと今回の代執行について議論させていただいたわけですが、ほとんどの方を置いてきぼりにしてしまった気がするので、できるだけわかりやすく説明してみようと思います。
もし疑問や間違いなどがあれば、ブクマコメントなどでお願いします。


※議論したエントリー

○○○!知恵袋 橋下知事は鬼畜ですか? - いしけりあそび

大阪府の代執行についての意見に反論してみる。

大阪芋畑闘争 疑問におこたえします - いしけりあそび

大阪府の代執行についての意見に再々反論してみる。

経緯(大阪府 報道発表資料より)

H19.2.27   起業者による収用裁決申請・明渡裁決の申立て
H20.3.11  大阪府収用委員会による収用裁決
H20.3.27  収用裁決に基づく起業者による補償金供託
H20.4.10  収用裁決に基づく権利取得(西日本高速道路株式会社に土地所有権移転)
H20.4.10  収用裁決に基づく明渡し期限
H20.4.10  相手方から大阪地方裁判所へ執行停止申立
H20.5.12  起業者から代執行庁(知事)に対し代執行請求書の提出
H20.5〜8  代執行庁(知事)から相手方に対して任意の明渡し勧告
H20.8.29  代執行庁(知事)から相手方に対して行政代執行法に基づく戒告(期限9.17)
H20.10.1  相手方による執行停止申立に対し大阪地方裁判所却下決定
H20.10.2  相手方から大阪高等裁判所へ執行停止申立却下決定に対する即時抗告
H20.10.6  代執行庁(知事)から相手方に対して行政代執行法に基づく代執行令書の交付
H20.10.16  行政代執行実施

土地の収用裁決について

地方公共団体や企業(上記経緯の「起業者」)が道路や空港を造るために土地を収用したいときは、収用委員会に申し立て、収用委員会が中立の立場からどんな事業かを認定し、適切な補償金の設定をします。
土地の収用裁決とは、そのあとに収用委員会が権利の移転と明渡しについてする決定のことを言います。
補償金が支払われると、土地の所有権が起業者に移転します。(上記経緯におけるH20.4.10の話)


今回の場合、H20.4.10に西日本高速道路株式会社に所有権が移転すると、保育園側が大阪地裁に執行停止の申立てをしています。なぜ執行停止の申立てをしたかというと、収用裁決に基づいて代執行されたりするのを止めるためです。(執行停止の申立ては収用裁決に対してしたのであって、代執行に対してしたのではありません)

民事上の仮処分はできないか?


ところで、民事上の仮処分(差止めなど)ができないのかという疑問がありましたので、お答えしておきます。

まず大前提として、収用裁決というのは「行政処分」です。そして行政事件訴訟法行政処分については抗告訴訟(取消しの訴えなど)でしか争えないと定めています。(このことを取消し訴訟の排他的管轄といいます)
したがって、行政処分を争うためには原則として行政訴訟によるしかなく、民事上の訴えによることはできないのです。

執行停止の申立てについて


執行停止の申立ては、取消しの訴え(本案訴訟)とセットで行政処分に対して提起されるものです。(したがって執行停止の申立ては大阪地裁で却下→現在大阪高裁で審理中ですが、取消し訴訟についてはまだ大阪地裁で審理中です。)
ところで、行政事件訴訟法取消しの訴えが提起されても行政処分に基づく執行は停止されないと定めています(これを執行不停止の原則と言います)。取消しの訴えは判決が出るまで結構な時間がかかってしまうものなので、審理している間に行政が執行を完了してしまえば裁判所に訴えてる意味がなくなってしまいます。そこで取消しの訴えとセットで審理が早くすむ執行停止の申立てをし、その申立てを受けた裁判所が行政処分を停止する緊急の必要性があると判断して執行停止の決定を出すと、行政処分に基づく執行が停止されるということになります。
なお、執行停止の申立てにも執行停止効はありません。

今回の例で言うと、もし大阪地裁で収用裁決に対して執行停止の決定が出ていれば今回の代執行はできなかったことになりますが、却下されたために裁決に基づく戒告(H20年9月17日)以降は、いつでも大阪府は適法に代執行ができたことになります。

(いしけりあそびさんのエントリーで「一審裁判所に対する取消訴訟の提起に伴う執行停止決定があった場合、停止の期間は、ふつうは一審の判決の言い渡しまで」とありましたが、一審で審理されている間は執行停止されないのに停止の期間が一審の判決の言渡しまでなのだったら、全く停止される期間がないと思うのですが・・・即時抗告で控訴審が審理している間は執行は停止されるのではないでしょうか?)



なお、30日に大阪高裁で執行停止の申立ての特別抗告に対する決定が出ますが、すでに執行されてしまったので十中八九却下されると思います。

何について議論していたのか?


以上の知識を前提として、僕といしけりあそびさんが一体何について議論していたのかというと、

執行停止の申立てについて裁判所が審理しているときに行政が執行することは許されるか?
(今回の代執行は適法という前提)


という点についてです。

行政処分は取消し訴訟等により取り消されるまで、一応有効なものとして扱われます。(この行政処分の効力を公定力と言うことがあります)そして本件の裁決はまだ取り消されていませんので一応有効であり、その裁決に基づいてなされた代執行も、法的には問題ありません。
しかしだからといって執行停止の申立て中に執行してしまえば、国民の権利を救済するための手段である執行停止の申立ての意味がなくなってしまいます。

いしけりあそびさんは実際に弁護士として執行停止の申立てをしたのに執行されてしまった(依頼人が強制送還された)経験がおありだったことから、今回橋下知事が高裁の決定が出る前に執行したのは裁判を受ける権利の侵害だ、と主張されていたわけです。

一方僕は法の制度がそうなってるのだから仕方がない、裁判を受ける権利も別に侵害されてない、と主張していたわけです。

今回の代執行は行政が法の抜け穴をついたと主張する人がいますが、そうではありません。むしろ法にとって今回のようなケースは当然想定の範囲内です。すなわち、行政が法の定める手続さえ踏めば、いつ執行するかは行政の裁量に任せると法は定めているわけです。


しかし弁護士は少数者の人権を守るために存在しているのですから、たとえ法が何と規定していようと今目の前にいる依頼人のために何ができるかを考えなければなりません。もちろん法に反することはしてはいけませんが、法の範囲内で主張できることは徹底的に主張します。この例が今回のいしけりあそびさんの「裁判を受ける権利を侵害している」という主張です。

ちなみに弁護士がこのような活動をすることによって裁判所を動かし、そして最高裁判所自らが事実上法律を骨抜きにしてしまった例もあります。

園児の涙とかイモとかについて


マスコミは園児(らしき子ども)の涙や、園児が育てたイモがどうの、ということを報道していますが、法的にはどうでもいいことです。ちなみに私見ではイモの所有権は土地の所有者である西日本高速道路株式会社にありますので(※理由は大阪府の代執行についての意見に再々反論してみる。の下の方参照)、法的にはたとえ園児がイモを植えたのだとしても、勝手に掘り出しちゃダメです。

法は冷たい、とよく言われますが、逆に当事者の涙や思いなんかを考慮してたら世の中のトラブルは何一つ解決しませんし、裁判所も当事者の置かれてる状況を完全に無視するわけではありません。裁判所の判例なんかを読んでても、ほとんどが常識的に妥当な結論を導いています。


ある事件に対してマスコミの報道などに流されるということは、受け身でしか物事を考えられないということです。そうではなくて、例えば法的観点からすればどうなっているのか、社会学的観点からはどうかなど、一定の切り口から主体的に物事を捉えて考えてみる、というのが大事だと思います。