プリンスホテル・会場使用仮処分決定の判決文全文

会場使用等仮処分決定認可決定に対する保全抗告事件
東京高等裁判所平成20年(ラ)第155号
平成20年1月30日第5民事部決定

       決   定

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり


       主   文

1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。

       理   由

第1 抗告の趣旨

1 原決定を取り消す。
2 抗告人と相手方間の東京地方裁判所平成19年(ヨ)第4663号会場使用等仮処分命令申立事件について,同裁判所が平成19年12月26日にした仮処分決定を取り消す。
3 相手方の上記仮処分命令申立てを却下する。

第2 事案の概要

1 本件は,相手方が開催する第57次教育研究全国集会(以下「本件教研集会」という。)の全体集会等の会場として,抗告人が経営するホテルの宴会場を予約していた相手方が,抗告人から上記予約を解約する旨の意思表示をされたため,上記解約は無効であると主張し,抗告人に対して予約に従って宴会場を使用させることを求めた仮処分命令申立事件である。
 原審仮処分決定は,上記解約は無効であるから被保全権利が認められ,保全の必要性があることも明らかであるとして,抗告人に対して予約に従って宴会場を使用させることを命ずる仮処分決定をした。抗告人は,原審仮処分決定に対し,保全異議を申し立てたが,原審保全異議決定は,原審仮処分決定を認可する決定をしたため,これを不服とする抗告人が保全抗告を申し立てた。
 原審における当事者の主張は,各当事者の主張書面のとおりであるから,これらを引用する。
2 抗告の理由の骨子は,以下のとおりである。
(1)ホテルの宴会場の予約から利用に至る流れの中で,予約が成立するのは,実際の利用日よりもかなり前の段階であり,この段階では,日程等の基本的事柄を除いては,まだ確定していないのが通常である。このため,ホテル側では,予約成立後に,主催者側からの具体的説明や要望がされるのを待って対応するのであり,主催者側から具体的説明や要望がされる前から,ホテル側が,具体的利用形態などを問い質すということはないのである。
 相手方による予約の経緯をみれば,ICS社というイベントや会議の企画を専門とする代理店がついていた上,抗告人は,予約成立前の段階では,相手方の担当者から,「今年は大分で実施し,街宣車が来ましたが,実施は警察に届け出て,連携をとって問題なく実施しています。」との説明を受けているのであり,他の顧客や周辺住民等への迷惑により抗告人に多大の影響が及ぶ状況が生ずる集会であるとは思いも及ばず,抗告人において,相手方の宴会場利用につき問題意識を持つ余地がなかったものというべきであり,ホテルの宴会場予約から利用に至る一般的な手続に照らすならば,相手方から具体的利用形態等についての説明や要望もないのに,抗告人が予約成立前にこれを問い質して把握すべきであるというのは,抗告人に不可能を強いるものというべきである。
(2)相手方の集会の過去の実施例からみれば,多数の右翼団体が全国から集結して100台を超える街宣車が拡声器によって騒音をまき散らし,かかる抗議活動に対抗して1000人を超える規模で組織される警察当局による大規模警備が行われ,これによって,他の施設利用者や周辺住民等に広範かつ多大な迷惑が発生することが明白であって,このことに照らせば,予約成立前に相手方からされた「問題なく実施している。」との説明は,事実に反し,取引通念上説明してしかるべき重要な事実を殊更伏せていたものというべきである。これに対し,抗告人は,平成19年10月下旬から11月上旬にかけて,社員をわざわざ大分に派遣するなどして独自の調査を行ったことにより,相手方の集会の過去における実態を把握することができたため,宴会場の利用予定日の2か月半も前の段階で予約を解約する旨の意思表示をしたのであって,解約の時期が遅きに失したということもできない。 
(3)以上の(1)及び(2)の事情に鑑みれば,予約成立前の段階における抗告人の信義則上の説明義務違反及び宴会場利用規約(8項,11項4号,12項1号)に基づく解約は有効というべきである。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も本件仮処分の申立ては,被保全権利及び保全の必要性の疎明があるからこれを認可すべきものと判断する。その理由は,次のとおり原審保全異議決定を改め,2項のとおり抗告理由に対する判断を付加するほかは,原審保全異議決定「事実及び理由」欄「第2 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原審保全異議決定2頁21行目の「経営」を「営業」と改める。
(2)同5頁24,25行目の「利益衡量において,」の次に,「自らの宴会場利用によって不可避的に他の顧客に迷惑が及ぶという事態は,」を加える。
(3)同6頁2行目の「本件契約が」とあるのを,「相手方の利用が」と改め,3行目の「また」の次に,「,上記の事態が」を加える。
(4)同6頁19行目の「有効な契約を一方的に破棄され,」とあるのを,「本件契約に基づき宴会場を利用する権利を有しているにもかかわらず,これが解約された旨の法的根拠のない抗告人の主張によって,」と,19,20行目の「妨げられることにより,」とあるのを,「妨げられることになれば,」と,それぞれ改める。
(5)同6頁末行の「根拠とはならない。」を「ことはできない。」と改める。
2 抗告理由に対する判断
 平成19年3月20日に行われた本件打合せにおいて,相手方の担当者が,自らの団体名及び本件会場では本件教研集会を開催する予定であることを明らかにしていること,前回の教研集会の際には,街宣車が来たことや警察による警備が行われたことを述べたことが疎明されていることは,前記のとおりである。このことを前提とすれば,その際,前回の教研集会を「問題なく実施している。」との趣旨の発言がされたとしても,それは,街宣車が来たものの,警察による警備によって,教研集会の開催に支障を生ずるものとはならず,特段の事件や事故も発生しなかったことを述べるものと理解することは十分に可能なのであって,「問題なく実施している。」との趣旨の発言が虚偽の説明であるとか,又は信義則上告知すべき事実を敢えて隠したものであると評価することはできない。
 また,抗告人は,ホテルの宴会場の予約から利用に至る流れからすれば,上記のような説明を受けた抗告人が,予約の成立以前に,相手方に対し,具体的利用形態等について問い質すなどということは,抗告人に不可能を強いるものであると主張するが,一般の宴会の予約にあっては,利用者から具体的利用形態等についての説明や要望があってから,初めてホテル側がこれに対応するのが通常であるとしても,本件にあっては,本件打合せにおける相手方の担当者の説明によって,相手方が本件会場で本件教研集会を開催する予定であることのみならず,過去の相手方の教研集会には,街宣車が来て,警察による警備が必要であったとの情報も開示されているのであるから,抗告人が本件教研集会の特殊性におよそ気付くことができなかったとはいえず,抗告人としては,予約に応ずる以前に,開示された情報を前提として,抗告人に質問をし,又は自ら調査をした上で,予約に応ずるか否かを決することは可能であったことは明らかというべきである。抗告人の上記主張も失当である。
 なお付言するに,証拠(甲31,39,50,51,53,54)及び審尋の結果によれば,相手方は,平成19年10月18日,警察庁に本件教研集会を開催するに当たっての警備要請を行い,平成20年1月18日,警視庁にも同じく警備要請を行い,それぞれ,警備の実施について了解を得ていること,これらの警備や交通規制によって,多数の街宣車が本件ホテルの敷地を取り囲み,拡声器等で騒音等をまき散らすといった事態が生ずることは想定し難いこと,相手方自身も,本件会場における会場警備マニュアルを策定し,混乱防止のための努力をしていること,以上の事実が認められるのであって,抗告人が本件契約の解約に固執することなく,相手方や警察当局と十分な打合せをすることによって,抗告人が危惧する混乱は防止することができるとみることができる(そうであれば,抗告人はこれに努めることが相当と思料される。)。
 以上によれば,原決定は相当であるから,本件保全抗告を棄却する。
平成20年1月30日
東京高等裁判所第5民事部
裁判長裁判官 小林克已 裁判官 綿引万里子 裁判官 中村愼

当事者目録
抗告人 株式会社プリンスホテル
代表者代表取締役 A
代理人弁護士 森田健二 山田明文 田子陽子 今枝陽子 小池信人 寺本昌晋 加藤絢子 柳岡茂
相手方 日本教職員組合
代表者理事 B
代理人弁護士 槙枝一臣 佐伯仁 秋田瑞枝 萬場友章 岩崎政孝